今日は通院日でした。

日々元気に飛び回ってますが、通院の日だけは、自分が「がん」であったことを自覚する日。

病院に行くと、先生がカルテを見ながら、
「手術から2年2ヶ月ですね。3年目最初の診察日になりましたね。」
と、少しトーンの高い、いつもより大きな声で、強調するように言ってくれた。

「そっか。」

再発から何ヶ月とかあんまり気にしてないから感慨はないんだけど、先生の声のトーンで、違いを受け取った。

先生も嬉しいのかな?…

最近、今までは自分が「がん」であったことを認めたくなかったんだなぁ、と気がついた。

えぇ。
初発から3年、再発から2年経った今頃になってです😅

再発までしてんのに、「がん」であった現実から遠ざかろう、遠ざかろうとしていたなぁ。

つまり。
「なかったこと」にしたかったんだろうね。

はい。
エニアグラムタイプ7の得意技ですね😝
こんなこともか!と苦笑しちゃうんだけど、不快な感情・感覚は味わいたくない性分なので、仕方ないね。

もちろん、診断された頃はそれなりに受け止めたよ。

保険を請求する時に書いてもらった診断書に、ちゃんと病名として書かれていたし、こうやって数ヶ月に1回通院してるのは自分が「がん」患者だった証だからね。

でも、どこかでそれを受け取りきれてなかった。
どこかで、受け容れきれてなかった。
「がん」と診断されたことをどこか避けていた。

認めたくなかったんだよね。
どこかでね。

「それなり」の受け取り方だったな。
って思う。

それがね。
最近起きたこと、そして読んでる本から、自分の中の「考え」が変わった。

「覚悟」といってもいいのかもしれない。


今読んでる本はこれ。

岐阜県養老町にある船戸クリニックの院長、船戸崇史先生の著書『「死」が教えてくれた 幸せの本質』

この本は、船戸先生が医師として看取られてきた、その「死」の物語だけが綴られている。

「読みたい!」と思って購入してみたものの、読み始めるまでには時間がかかった。

読むのには、タイミングも、覚悟も必要だったんだと思う。

1つめ、2つめと、本を読み進めていくと、途中で、正直「無理だ。読めない。」と思った。

あまりにリアリティがありすぎて、苦しくなってしまったのだ。

本を閉じたまま、読めない日が何日も続いた。

でも、なんだか気になる。

そこで、最初から読むのをやめて、最後の物語を読んでみた。

その最後の物語は、生まれて1年2か月で天に還っていった小さな生命の物語だった。

文字が涙で霞んだ。
声をあげて、しゃくりあげて泣いて、それでも、最後まで一気に読めてしまった。

その小さな生命は、

「生きる」とは…
「存在する」とは…

とても深い「問いかけ」をわたしの中に残していった。

そして改めて、止まってしまっていたところから、読み進めた。

そこには、とても「死」という一文字では括れない、その人にしかない「死」、そしてその人の「生きる」物語があった。

1つ1つを自分の中に響かせながら、受け取っていった。

その人の最期までの生き方。

船戸先生は、
死に様は生き様である
と書いている。

わたしは、
「逝き方」は「生き方」
だと思った。

わたしは、どんな「逝き方=生き方」をしたいのだろう?

そんな問いが自然と立った。

いつか「死」を迎える時がわたしにも来る。

それは確実で、避けることはできない。

こんなにも未来が不確実な世の中なのに、自分が死ぬことだけは100%の確率で起こる。

それは誰しも頭ではわかってることだ。

でも、それを「いつか」にし、遠い未来に置いている。
まるで「他人事」のように。

できれば触れたくないのが「死」、それも「自分の死」だと思う。

遠ざけておきたい。

わたしもずっとそう感じてきた。

だから、自分が「がん」であることも、どこかで受け止めきれなかったんだと思う。

今は違うと思えるけど、「がん」かもしれないと思った時、即、「死」をイメージした。

「がん」=「死」のイメージは強いと思う。

自分が「がん」だと知ることは、自分の「死」と直面する機会だった。
少なくとも、わたしには。

でも、「がん」かも?と思った時や、診断書を目にした時は、表現は難しいけれど、なんとなく表面だけで、薄っぺらく捉えていたように思う。

「今そう思える」「その時との違いがわかる」っていうことは、捉え方が変わったんだなと思う。

この本は、その「死」をぐっと近くのものにしてくれた。

「がん」とわかった時とは、違うところから、「死」を感じろと言ってくるんだよ。
この本は。

おかげで、「がんかもしれない!」と不安と怖れの渦に巻き込まれている時とは違ったところから、自分の「死」に向き合わざるを得なくなった。

さらに、この本を読んでる最中に親しかった友人が亡くなった。

なんだろう。
これ。

なんのタイミングなんなんだろう?

自分の死について、真っ向から考えざるを得ないタイミングだと思えた。

本の中で船戸先生がこう言っている。

・がんという病名がついた段階で、一度は心の中で見切りをつけた方がいい

・がんという病気は(事故や突然死と違って)時間が与えられる分、生き方、存在意味、人生の目的を問い直すことができる病気だと思うのです。

・私たちは生きたいがために、現状から未来しか見ません。

・がんを宣告された時点で一度立ち止まって、現在の自分が立っている場所を確認する。

・その際に、自分の人生を一度「死」まで進めていただきたい。
そして、「死」の場所から今を振り返るのです。

そう。
最後の、「自分の人生を一度「死」まで進めてみる」。
そのタイミングなんだなって思った。

自分の「死」の場所から、「今」を振り返る。

「死」を遠ざけず、しっかり「自分事」として受け止める。

自分の身に間違いなく、確実に訪れるもの。

そうだと認める、受け止める。

今までもワークで何回もやってきたことだけど、この本によって「死」を自分事として、両腕でガッチリと受け止めた気分だった。
まるで、全力で投げられたドッヂボールを受け止めるように。

すると、それは、自分の死に対して肚が座った感覚になった。

「覚悟」になった気がする。

この本を読んでいると、「生きる」ってこういうことなんだなって、肚が座ってくるのだ。

この機会に、「死」を「自分事」としてガッチリと受け止めて、意外にも、「恐怖」ではなく、不思議と穏やかな気持ちになった。

わたしもいずれ死んでゆくのだな…

わたしもこうやって朽ち果てていくのだろう。
森の木々が倒木更新してゆくように。

わたしのいのちは次の世代へと引き継がれてゆく。

そして、朽ち果てた木が分解され、次世代、その次の世代の養分となって大地の一部となってゆくように、わたしもまた、脈々と継がれてきた「大いなるいのち」の一部になってゆくのだな。

こうやって、「死」という1つの区切りが、幾重にも重なりながら、「いのち」は引き継がれていく。

わたしはその1つでしかないけれど、脈々と継がれてゆく「大いなるいのち」の、欠けてはならない大切な一部でもある。

そんな気持ちになった。

「自分」という体がなくなることを受け入れられていた。

へぇ。
こんな気持ちになるんだね。

年を重ねた証拠なんだろうか。

そして、その穏やかな場所から「今」を見てみる。

このまま「終わる」のもアリかもしれない。

前なら絶対イヤだと思ったけど、意外にも、こんな感覚にもなれた。

でも、やっと自分の存在意義を言語化することができ、生命をかけてやってみたいことがわかってきたから、その人生も生きてみたい。

自分の天命や使命に気づかず、この世を去る人も多い中、それに気づけただけでもありがたいけど、せっかくなら、体が動くうちにその人生も生きてみたい。

その結果がどうであれ、自分が思い描いた世界を生きてみたい。

そんな想いが静かに湧き上がってきた。

だったら。

「死」を遠ざけて、避けるように生きるのはやめようと思った。

ただなんとなく、漠然と怖がり、「そうならいように」「がんにならないように」と、怖れと不安を原動力として生きるのをやめようと思った。

怖れだけに意識を向け続けるのではなく、生きてゆくことに重点を置きたい。

残りの人生があとどれだけあるかわからないし、もしかしたら、来年生きてないかもしれないし、生きていても、自分の思うように体が動かないかもしれない。

「死」まで、どれだけの時間が残されてるかだなんて、自分でも、誰にでも、わかるはずもない。

1日という、短い時間の中で、急激に衰弱していく肉体もあるんだとこの本で知った時、肚の底から、「明日のことなんて、本当にわからない」と思った。

確かに、夫・ケニーのようなケースもある。

彼は奇跡的に助かったけれど、それはまさに奇跡であって、いつかはすべての生命は死を迎える。

彼も例外ではない。

そのタイミングが違っただけのこと。

だったら、どうやったら自分の創りたい世界生きられるのか。
同じ生きるなら、そこに意識して生きていきたい。

そんなふうに思えた。

避けたいと思っていても、三度「がん」になるかもしれない。
そんな過酷な未来があるかもしれない。
そんなことを本を読みながら思った。

本にこんな言葉がある。

二人に一人はがんになる

がんにならない人はいない

がんができたら徐々に進行して死に至る

本来がんは治るようになっている。治る邪魔をするとがんは発育する。

がんが治らなければ人は死ぬ。死んだらおしまいである。

がんが治らなければ人は死ぬ。しかし、がんが治ってもいずれ死ぬ。
だから、今を生きる。

この言葉が、自分の奥深いところに届いた。

ほんとだ。

がんが治っても、死ぬことには変わりない。

もしかしたら、がんにならなかった方が短い人生だったかもしれない。

だったら、まず、あるがままを受け取ろうと思った。

自分が「がん」であったことを、「なかったこと」とするのではなく、自分が「がん」ができてしまう体だったことをちゃんと認めて、受け止めて、「がん」を避ける生き方ではなく、「がん」を自分で治せる体を維持しようと思えた。

そう。
船戸先生が言うように、がんは治るようになっているんだもん。

それを邪魔してるのは、他でもない、わたし自身だ。

今のわたしは、自分で治せる力=自己治癒力を邪魔するような生き方は選択しない。
そう決めている。

今まで慣れ親しんだ生き方からシフトするには時間がかかるだろう。

でも、再発してからのこの2年で、今のところは、新たながんは見つかっていない。

つまりは、この2年の生き方・生活は、「がん」の発育を促すような生き方ではないんだと思えた。

これが正解だとは思わないし、そもそも正解はないだろう。

でも、今の生き方・生活は、わたしの自己治癒力を、がんになる前ほど邪魔していないんだなと思えた。

それに、まだやれることはある。

「あぁ、もうこの世とはお別れなんだな。」
そう思う瞬間に、
「いやぁ〜 いろんなこと体験してきたけど、実に楽しい人生だったな。」
と、思えるよう、まだまだ改善の余地はあるはずだ。

朝、目が覚めて、
意識が戻り、
体が動かせることは
あたりまえではない。

それを、身をもって体験してるから、
それがどんなに有り難いことかを知ってるから、
毎日、今日生かされていることに感謝し、日々、有り難く、
「死」に向かって、
天に還るその時に向かって、
「自分」を、堂々と生きていこうと思う。

そんなことを思った、再発から2年経過の診察日だった。

それにしてもこの本、ほんとにいい!

がんになった人に片っ端から配って歩きたいくらいだ。

最後に、
自分のために、
師であるあけみちゃんの著書「約束された道」から、一番好きな言葉を書いておく。

今こうして生きている人たちは、亡くなっていった人が一番欲しかった「生きる時間」をもっている。
生は、死者の夢の残滓。
時間は死者からの贈り物。

この記事を書いた人

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みうら 雪絵

Nature Therapist / Healing Practitioner / Outdoor Activist / World Traveler / Nature Photographer

人間は地球に生きる多様な生物の一種であり、自然界(生態系)における”いのちの循環”の一部です。自然界との繋がりから離れて生きてゆくことはできない存在です。
自然界と繋がって生きることは、生きる力・生命の力の根源と繋がることだと思っています。

自然界(生態系)の一員としてこの地球に生きている意味を考え、自然の理を感じながら生きるとはどういうことなのか。
今までに学んだ様々なヒーリング・セラピー・カウンセリングスキルを駆使しながら、体(ボディ)・心(マインド)・魂(ソウル)・霊(スピリット)の関係性を探求しています。

このブログには、わたしのライフスタイルを通して、わたし自身が”自然に生きて”いけるようになってゆくプロセスを綴っています。
体験したことを感じたままを表現している「人生という名の創造物」の記録でもあります。

白馬三山を映す八方池

ネイチャーセラピー

五感を使って自然と一体となるだけで、人は日ごろのストレスから解放されます。

Outdoor Activist歴30年以上の経験で培ったフィールド知識を活かして、安心して楽しく自然と触れ合うサポートをしています。

日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダーとして、ネイチャーゲームを取り入れた自然体験もご提供可能です。