入院3日目は手術でした。
手術は9時から1時間程の予定。
終わったら回復室で少し様子を見て、昼頃には病棟に戻ってくる予定でした。
でも、実際はそうではありませんでした。
目覚め1回目
手術室に入り、コータローちゃん(押尾コータロー)の穏やかなギターの音色を聴きながら、麻酔がかかり眠っていたようです。
次に気づいた時は、まだ手術室でした。
天井からさす無影灯の灯りが見えた。
視界の回りはフレームのように黒い枠があり、真ん中だけぽっかりと開いて見えている。
無影灯の灯りはわかるが、それ以外には何も見えない。
担当の先生の声が聞こえた。
誰かと話しているようだ。
なんかいろいろ話している。
手術終わったのかな?
まだはじまる前なのかな?
はじめる前だったら嫌だなぁ。
名前を呼ばれた気がする。
声を出す。
自分の声がこだまのように、「は は い い」とスローモーションのように遅れて2回聞こえる。
麻酔がかかってるんだ。
「く る し い …」
「い き が す え な い …」
そう言って、溺れた時のように大きく息を吸おうとしていた。
でも吸えてない。
苦しくて苦しくて、大きく息を吸おうとする。
ヒュー ヒュー
喉のところで空気の音がしているよう。
「く く る し い …」
「苦しいね」
先生の声が聞こえた。
喘ぐが苦しくて仕方ない。
いろんな話をしている。
何かいろいろ試しているようだけど、言ってることの意味はわからない。
数値とか、専門用語とか飛び交っていた気がする。
唯一覚えているのは「挿管するか」という言葉だけ。
先生が状況を説明してくれたようだけど、全然届いてなかった。
そして、また、眠りに落ちた。
目覚め2回目
次に目覚めた時はカーテンに囲まれた病室だった。
時間や場所はわからない。
看護師さんが話かけてくれていることはわかった。
意識がだんだんはっきりしてきて、この時点で理解できたことは2つ。
1つは、ICUにいること。
もう1つは、鼻から2つの管が入っていて話せない ということ。
何かあったんだなぁと理解できた。
ただ、何があったのかなんて聞く余裕はない。
麻酔がまだ残っていて、耳はよく聞こえるが、
頭はまだぼんやりしている。
頭が働かない。
鼻から入っている管の1つは術後、栄養を摂るために必要な胃に入っている管。
これは聞いていたのだからわかる。
右の鼻に入っていた。
もう1つは左の鼻から入っている呼吸器の管。
通常は口から喉を通って肺まで入るが、口の中の手術のため鼻から入っていた。
その透明なチューブが見えた。
人工呼吸器が付いているんだとわかった。
人工呼吸器は麻酔が切れる時に抜くはず。
でも、麻酔が切れてきているがわたしには付いていた。
この時看護師さんが何が起きていたかを説明してくれたようにも思うけど、記憶には残っていない。
看護師さんから「息してくださいねー」と何度か言われたのは覚えている。
頑張って息をしようとするが、機械がカチ、カチと切り替わる音に合わせて呼吸させられているから、思うように呼吸できない。
自分のペースじゃないから苦しいのだ。
やがて、看護師さんが自発呼吸できるようにモードを変えてくれたようで、自分のペースで呼吸できるようになった。
ホッとして、何回か呼吸すると眠気が襲ってくる。
ふわ〜っと力が抜けて、眠りに落ちようすると、警告音が鳴り響く。
すると看護師さんが飛んできて、「呼吸してくださいー」と言う。
そして、また頑張って呼吸する。
でも、眠くなる…
そんなことを何回か繰り返していると、「寝ないでくださいねー!」と言われた。
え…
それは無理だ…
と思いながら、また寝てしまう。
看護師さんに「寝ないでくださーい!」と数回言われて、ちょっとカチンと来た。
人工呼吸器をしていて話せないからこちらの意思は伝えられない。
ゼスチャーで「書くもの」を持ってきて欲しいと伝えて持ってきてもらう。
左手は点滴が入っているから動かせないので、右手にペン、ホワイトボードは看護師さんが持ってくれた。
まだボケボケの頭と、見えない目(メガネがないから見えないのだよ〜)で、「寝ちゃダメなんですか?」と書いた。
すると看護師さんから、「寝ちゃうと呼吸器が入っているから、自分で呼吸するのを止めちゃうんです。そうすると、酸素飽和度が落ちて、警告が鳴っちゃうんですよ。だから頑張って呼吸してください。」と返事が返ってきた。
あぁ、そうか。
けんちゃんが倒れた時に聞いたことがよみがえる。
麻酔を深く効かせると人は呼吸を止めてしまう。
だから人工呼吸器で呼吸をサポートする。
でも、この人工呼吸器が苦しい。
苦しいから、鎮静剤で眠ってもらったんだよね。
で、自分にもこの人工呼吸器が付いている。
そういうことかと理解した。
でも、苦しいんです。
しんどいんです。
自分で呼吸するのってこんなに疲れるのかっていうぐらい消耗する。
まだ麻酔が残ってる体では呼吸を気合いで続けることはできない…
看護師さんとは他にもホワイトボードが真っ黒になるぐらいやり取りしたけど、こちらの意思ってほんとに伝わらない。
話の途中で言いたいことを汲み取ろうとしてくれたり、推測してあれこれ聞いてくれるんだけど、伝わらないんだよね。
耳はすごくよく聞こえるから看護師さんの言ってる言葉は全部聞こえる。
それ以上に、過敏になってるので、どんなに小さな物音や振動でも気になる。
なのに、こちらの意思が伝わらないと心底がっかりするし、何より疲れるんだよね。
「しんどいんです」と書いて、力尽きました。
やがて、別の看護師さんがやってきてこう言ったのを覚えています。
「このままの状態で一晩は苦しいから、寝てもらおうか。」
もう、そうして…
眠らせて…
疲れた…
内心そう思いながら、三たび眠りに落ちました。
目覚め3回目
3回目の目覚めは、手術日の翌日でした。
看護師さんから、「8時半頃、先生がみえて、ご自分で呼吸できてるか確認をして大丈夫だったら、呼吸器外れますので、それまで薬を減らしていきますね。しっかり起きてて、呼吸してくださいね」と言われました。
おおー!呼吸器外してもらえるなら、頑張る-!
それから少しずつはっきりしてくる意識と共に、痛みや苦しさを感じるようになってきた。
時折、看護師さんが数値や呼吸の状態を見に来てくれて、「大丈夫そうだね」と声をかけてくれたりした。
やがて、けんちゃんがやって来た。
あれ? 今日出張って行ってたけど、いいのかな…
でも、顔を見たら、一気にいろんな感情が出てきて泣いた。
手術室で目覚めた時の苦しさ、昨日看護師さんとやり取りしたときの苦しさ、辛さ、痛さ…
わーん!
苦しかったよー!
痛かったよー!
辛かったよー!
と声は出ないけど全部吐き出す。
涙がボロボロと流れて、鼻水が出て、痰が出て、余計苦しくなる。
でも、思いきり心の叫びを開放する。
もうすんごい顔してるんだろうなと思いながらも、しばらく手を握って、思いきり泣かせてもらった。
けんちゃんは笑顔でずっと見守ってくれてた。
去年は立場が逆だったよね。
こんな状態を1年のうちにお互いが体験するって、何なのよ。
何のプロセスよ。
お互い過激なのが好きなんだろうか(笑)
やがて、ひとしきり泣いて落ち着いた頃に先生が来てくれた。
担当の先生二人と麻酔科の先生、3人の顔がわたしを覗き込む。
先生の声を聞いて、ホッとした自分がいた。
先生方が、自発呼吸できているかを確認して、人工呼吸器を外してくれた。
先生には、咽頭反射が強いことは話してあったので、できるだけ苦痛のないように検査を工夫してくれたのはとてもありがたかった。
検査の時に暴れかけたけど、看護師さんが手を握ってくれてなんとか凌いだ。
けど、凄い力で握り返してたはず。
あの時の看護師さん、痛かっただろうなぁ。
申し訳なかったので、呼吸器を外す時は、ベッドのパイプにしがみついて頑張った。
あの時握力計を握っていたらどんな数値が出ていたんだろうか…
「声を出してみて」と言われて、声を出してみる。
思うようには話せないけど、声は出た。
「よかった。よかった。」
先生方がホッとした表情を見せてくれた。
「呼吸器が外れても、再発しないかしばらくは様子みますね。」
「は い」
しわがれた声で応える。
「せんせい 、なにが あったか おしえて もらえますか」
呼吸と一緒に話すのが難しい。
一言ひと言の間に呼吸しながら、ゆっくりと声にして、先生に質問した。
「喉頭痙攣(こうとうけいれん)と言って、麻酔を抜く時に喉の呼吸をしている筋肉が、足が攣ったみたいに動かなくなることがあるんです。それが起きて呼吸困難になっていました。
いろんな方法で試してみたんですが上手くいかなかったので、もう一度麻酔をかけて、呼吸器を付けて、一晩ICUで様子を見させてもらいました。
もうご自分で呼吸できているので、呼吸器を抜きましたから大丈夫だとは思いますが、今日1日ICUで様子を見させてください。
手術室で説明したけど、覚えてないか…」
「は い」
手術室の記憶はおぼろげにあるけど、何が話されたかなんて覚えているような、ないような…
曖昧な記憶しかない。
でも、先生の説明で、なるほど、そういうことが起きていたのかー と状況把握ができた。
主治医の先生の後、麻酔科の先生が話しかけてくれて、喉頭痙攣は1%程度の確率で起きることを教えてくれた。
その1%だったわけね。
当たり! なのか、はずれ なのかはわかんないけど、稀な体験をしたわけだ。
病院という、ある意味最も安全な場所で起こしているので死ぬことはないだろうけど、それに近い体験をしたってことか。
麻酔科の先生はとても申し訳なさそうだったけど、先生がちゃんと対処してくれたから生きていられるわけだから、そんなに恐縮しなくても と思った。
ま、確かに不要な苦痛体験はしたんだろうけど。
是非、わたしの事例を先生の今後に活かしてくださいませ。
次の患者さんのためにね。
わたしの何がこの現実を引き起こしたかは後々わかるんだろうけど、ひとつ確信できたことはある。
それは、どんなに苦しい思いをしたって、そう簡単には死なないってこと。
そして、誰かが助けてくれて、生き延びることができる。
そして、その体験を糧にすることができるってことも。
あの息の吸えない苦しさは、繰り返す体の記憶でもあったような気もする。
幼少の頃、喘息持ちだったしね。
この後喉の苦しさに相当苦しむことになるんだけど、その時、首締められて死んだ前世でもあるんかい!と感じたから、そこは落ち着いたら探求してみよう。
第5チャクラのテーマが次々出てくるなぁ(汗
(この間の大まな板も前世絡みだったし)
ま、出てくるのは終わらせていいってことだからね。
どんどん終わらせていこう。