膝を抱えて座り込んでいます(笑)

先日もこんな記事を書きましたっけ。

あれから立ち止まってる感が続いています。

ひとつのことを全力でやりきった燃え尽き感

なのかもしれないし、

やることがわからなくなってる混沌とした状態

でもあるし、

手も足も出ない八方塞がり

な感覚もあります。

ただでさえ、何かをはじめる時はお尻が重い方なのに、そんなレベルじゃないぐらいやる気が湧かない。

ジャンプする時は大きく屈むとも言うけれど、こんなに座り込んでたら後ろにひっくり返りそう な、くらい。

ブログを書く気になれないぐらいならカワイイもので、なにもかも気力が湧かない。

湧かない… というより、脱力してる(笑)

それも、自ら好んで座り込んでる。

なんだかよくわからない、この感覚。

この状態が「快」か「不快」か と問われたら、どちらでもなく、ただその中にいるのだなぁ〜 と。

必要があって、この状態なんだとは理解しているので、もがいて出ようとは思わない。

この状態に留まることが、今の自分にとって必要なんですよね。

少なくとも「悪いこと」ではないですね。

こういった気分が落ち込む時に、それが「悪いこと」と思ってしまいがちですが、それは違います。

物事にはコインの表と裏のように、同時存在で相反する2つの面があります。

だから、調子のいいことばっかりじゃなく、こうやって停滞する時もある。

そして、「陰極まって陽生ず」という言葉があるように、陰は永遠ではない。

季節の流れとは違いますが、今の自分は「冬」みたいなもんなんでしょうね。

寒い季節をただじっと待つ。

休眠しつつ、根に栄養を蓄えながら、じっと春を待つ。

そう考えると、こうやって座り込んでとどまっていることも、楽しくなってくるから不思議です。

平成から令和へ。

時代の流れの転換点で、次の時代に向けてエネルギーを蓄えてるのかな。

不調な人は、新しい時代に向けて、波動調整してる なんて、ちょっとスピリチュアルな記事も目にしました。

まぁ、なんにせよ、この状態が「悪いこと」だと思わなくなったこと、何とかしようとジタバタしなくなったことは、成長したなぁ と思います。

そんな状態なので、気持ちに逆らわず、ボーッとしてることが多い。

天気のいい日は気の向くまま公園に行って、ただ雲を見ていたり、シダレザクラの幹にもたれて空を見上げていたり。

何も考えず、放心しています。

まぁ、思えば、こんな時間を取れてなかったもんね。

何もせず、ボーッとしていられること自体、幸せなことだなぁ と思います。

空の青さと、風に揺られる桜の花と、芽吹きはじめた木々の新緑と。

いい季節になりましたね。

こうやって季節を肌で感じることが、自分にとっては何よりな時間です。

低迷気味ですが、自然とこの状態から抜けるまで、ゆるゆると味わっていこうと思います。

木の下でボーッとしてるわたしを見かけても、驚かさないでね♡

オマケ

この状態で久しぶりにオーラソーマのボトルを4本引きしてみました。

あまりにそのまんまで苦笑い。
(見る人が見たら、どんなんかわかると思う)

やっぱりそういうことなのかぁ〜!
(って、どんなんだよ ってツッコミはナシで)

オーラソーマのミニリーディングはここ↓から無料でできます

この記事を書いた人

みうら 雪絵

みうら 雪絵

人間は地球に生きる多様な生物の一種であり、自然界(生態系)における”いのちの循環”の一部です。自然界との繋がりから離れて生きてゆくことはできない存在です。自然界と繋がって生きることは、生きる力の根源と繋がることだと思っています。
自然界(生態系)の一員としてこの地球に生きている意味を考え、「自然のままに生きる」とはどういうことかをライフデザインのテーマとしています。

今は、生かされていることに感謝しながら、自由に安らぎと穏やかさに満ちた日々を暮らすとはどういうことなのか、また、バランスの崩れた体を健康な状態に導くにはどうしたらいいのか、ヒーリングスキルを使って自分の体で実験中です。

このブログはわたしのライフスタイルを通して、体験したことを感じたままを表現している「人生という名の創造物」の記録です。

白馬三山を映す八方池

ネイチャーセラピー

五感を使って自然と一体となるだけで、人は日ごろのストレスから解放されます。

Outdoor Activist歴30年以上の経験で培ったフィールド知識を活かして、安心して楽しく自然と触れ合うサポートをしています。

日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダーとして、ネイチャーゲームを取り入れた自然体験もご提供可能です。