心肺停止で倒れた夫のよみがえり日記 11日目
2018年8月4日(土)
睡眠導入剤とせん妄
前日、病室で、けんちゃんと、息子と、わたしで口論になった。
せん妄かもと理解した上で、わたしも息子もけんちゃんの言葉に丁寧に対応していたのだけれど、あまりに言っていることのつじつまが合わず、もめたのだ。
息子は息子なりに、父親の病状をわかった上で話を聞いていたけれど、さすがに彼の心の琴線に触れたようで、泣いて怒った。
その話の聴き方が、イヤだ!
聴いてもらえてない気がする!
大事な話してるのに!
その聴き方がイヤだ!!
後から思えば、彼の心に鬱積した思いだったのかもしれない。
けんちゃんはいつも口論になると、理路整然と話し、相手に話を挟む隙を与えない。
理詰めで話すから、こちらはぐうの音も出なくなる。
でも、この時はいつもの勢いだけだけだった。
言ってることはかなりちぐはぐだった。
息子に泣いて怒られて、口論する気力がなくなったのか、突然風船が萎むようにその勢いがなくなってしまい、やがて「もう疲れたから寝る」と寝てしまった。
こういう態度もかなり唐突で、突拍子もなく、相手としては驚く。
普段なら、この態度で間違いなくケンカになる。
でも、けんちゃんは戻ってきたばかりで普通ではない。
わたしと息子もさすがに言い過ぎたかもと反省し、昨日はそのままそっとして帰ったのだった。
ところが、今日来てみると、昨日までと様子が違う。
相変わらずよく話すのは変わらないけれど、声のトーンや話している時の顔つきが違う。
上ずったような声や話し方もない。
お見舞いの方が帰られた後、昨日の話になった。
けんちゃんも、息子に泣かれたのがショックだったようで、今朝、看護師さんに話したそうだ。
すると、看護師さんから、睡眠導入剤の影響かも と言われたらしい。
自分がした話なのか、相手がした話なのかわからなくなり混同する。
話をしている最中に急に眠気がきて、わからないまま眠ってしまう。
起きている時には落ち着きがなくなる。
眠る前の記憶がなくなることもあるらしい。
これらを聞いて、けんちゃんは睡眠導入剤の影響で、とんでもない対応をしたかもと思ったらしい。
正直、話の内容もほとんど覚えていないらしい。
覚えているのは、息子が感情的になったことだけのようだ。
わたしもけんちゃんの話を聞いて、なるほどそうかもしれないと思った。
昨日までのけんちゃんは、まさにそんな状態だったからだ。
けんちゃんは、看護師さんと相談して、今朝から疑わしい薬を止めてもらったらしい。
ふぅ。
確かに、ICUにいるときは、怖くて眠れないと言っていたから、体のためには睡眠は必要で、寝るためには導入剤も必要だったと思う。
でも、一般病棟に移って、個室になってからは安心して眠れているようだ。
だったら、もう睡眠導入剤はいらないよね。
一昨日、術後せん妄だと思ったと書いたけれど、もしかしたら睡眠導入剤によるせん妄なのかもしれない。
薬の影響って怖いなぁと思った。
倒れた時のこと
一般病棟に移ったので、会社の方がお見舞いに来てくださることになった。
けんちゃんが倒れた瞬間に居合わせた方に、その時の状況を聞くことができた。
けんちゃんには倒れた当日の記憶がない。
もう少し補足すれば、その前日、帰宅して倒れるように寝てから後の記憶がない。
だから、なぜ、会議のために名古屋駅にいたかも思い出せずにいた。
けんちゃんのオフィスは、名古屋駅から車で2時間離れた場所にある。
名古屋から向かおうとすると峠を越えなければいけない場所で、名駅から見ると、山ひとつ向こうにある。
たまたま会議のために名駅の会議室を借りていたところで倒れた。
それも、名駅で会議室を借りるなんてことは初めてだったそうだ。
会議での発言中、急に静かになったな? と思ったら、いびきのような音が聞こえたと思ったら、イスごと後ろにひっくり返ったらしい。
慌てた周りのみなさんが駆け寄ったところ、すでに呼吸はしていなかったそうだ。
脈も触れない。
白目をむいてる。
失禁もしていている。
見た瞬間にヤバイ!と思って、すぐに胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしてくれたそう。
この瞬間の対応が、ほとんど障害のない状態で戻ってこれた大きなポイントになったと思う。
その方は、一人だったらここまでできなかった。
みんながいてくれたから、できたこと。
そう涙ながら話してくれた。
誰かが心臓マッサージをし、誰かが救急車を呼んでくれた。
会議室にはAEDがなかったそうだけど、偶然目の前が消防署だったので、すぐに救急隊員の方が駆けつけてくださってのAED。
そこから入院している病院まで、救急車で5分とかからない。
どれだけ幸運なんだろう。
どれだけの偶然が重なったんだろう。
これが人目のないトイレや廊下で倒れていたら?
名駅に向かう車の中だったら?
名駅ではなくオフィスだったら?
どのケースだって、今以上の幸運はない。
その方は救急車に同乗し、病院まで付き添ってくださっていた。
病院に着くまでがとてつもなく長かった。
わずか3分程の救急車が、どれだけ長かったか。
そう話してくださった。
どれだけ心配してくださったことだろう。
会社内も突然いなくなったために相当混乱しているだろう。
みなさんで話し合って善処していただいていると伺った。
だから、ちゃんと治るまで会社に来ないでください。とも言われた。
けんちゃんの何事もなかったような様子を見て、心から安心したと言ってくださった。
わたしも見ていない、心肺停止状態のけんちゃんを見ているのだ。
こうして何事もなかったように話せていることが奇跡です。
だから、必ず元に戻れます と力強い言葉もいただけた。
取り引き先からもたくさんのメールが来ているそうだ。
職務柄、海外にも顔が広い。
世界中から、心配するメッセージがあるそうだ。
なんてありがたいことだろう。
助けられたいのちの重みを感じずにはいられなかった。
どれだけ多くの方が、けんちゃんのいのちを助けようと動いてくださったことか。
どれだけ多くの方が気にかけてくださったことか。
感謝しても、しきれない。
心の奥底からありがたいと思う。
助けられたいのちを、わたしも大切にしていこうと心から思えた。
食事がはじまり、点滴が外れる
昨日の朝から食事がはじまった。
倒れてはじめて口から食事がとれるようになり、今日は首の点滴が外れた。
腕の点滴は経験があるけれど、首は見てるとさすがに痛々しかった。
一時は何本もの管が、体に挿してあったけれど、こうやってひとつひとつ抜けていくのが嬉しい。
薬も、飲み薬に変わっていってる。
普段はあまり口にすることのないお粥を美味しい美味しいと言って食べる姿に、食べられるって生きる活力になるんだなぁとしみじみ思った。
こうやって少しずつ日常生活へ向かっていくんだな。