心肺停止で倒れた夫のよみがえり日記 7日目
2018年7月31日(火)
話し合い
前日、真夜中にわたしから雷を落とされた息子が珍しく朝起きてきた。
今日も寝起きが辛い。
寝ぼけた頭で息子に話した。
『ヤジの命が繋がったから、これから生活していくこと考えなきゃね。
今まで、ママはいっぱいヤジに助けてもらってきたから、これから一人でやっていくのは大変だと思う。
りゅうぴーに助けてもらえることは、助けてもらいたいけど、いいかな?』
『俺にできることなら、やるよ』
『ありがとう。
りゅうぴーも体辛かったら無理しなくていいからね。
りゅうぴーが朝起きれるようになっていくことも大切だし。
お願いして、できる範囲でいいからね。
二人で無理せずやっていこう』
『ごはん作って欲しかったら作るしさ。
ママに倒れてもらったら、俺も倒れちゃうから、なんでも言ってよ。』
『うん。ありがとう。
とりあえずは毎日これやってて言うのはないけど、いくつかお願いしていいかな。』
『うん』
その後、これから毎日どんなリズムで生活するかも話し合った。
息子も起立性調整障害で毎朝同じ時間に起きるのは難しい。
でも、予めどんな予定で動くかわかっていれば、体が辛くても合わせてくれる。
今までは息子に合わせていた部分も多かったけど、これからはそうもいかなくなることも出てくるだろう。
二人で協力して、けんちゃんがいないところをカバーしていくしかない。
帰りの車中では、こんなことも言ってくれた。
『ママ、毎日車で行くの大変だったら、電車でもいいじゃん。』
『そうだね。
でも、この暑さで外歩きたくないよ』
『暑かったらタクシーでもいいじゃん』
『そっか。』
息子の言葉がとても嬉しかった。
毎日一緒にいてくれることが、とても心強いと思えた。
世間的には学校に行けてないし、問題を抱えているのかもしれない。
でも、わたしにとって、今息子と一緒にいれることはとても幸せなことだし、必要なことなんだと思えた。
お互いにとって、家族にとって、全部必要なことしか起きてない。
わずか7日間でどれだけのことに気づかされたんだろう。
片付け
久しぶりに二人で朝食を食べ、午前中は足の踏み場もなかったリビングを片付けた。
けんちゃんの山道具、台風で取り込んだベランダのもの、そして、東京から帰ったままのわたしのスーツケース。
ベランダのものを片付けながら、ついでに要らないものも処分する。
今年の夏は暑いから、エアコンの室外機に直射日光が当たらないようにサンシェードも張った。
そうだよ。
まだ8月じゃないんだよ。
暑さはまだまだ続く。
彼が倒れて7日目。
まだ7日なんだよなぁ。。
ずいぶん年をとった気分だ。
ようやく元の広さを戻したリビングに掃除機もかける。
ストレスなくなったぁ〜
少しずつ日常が戻ってきてる。
ホッとした。
ギャップ
病室に入ると、ベッドを起こしてもらって、テレビを見ていた。
『お! テレビも見てる! よかったー。わかるんだね。』
ついついおふざけしたくなる。
『わたしはだあれ?』
『ゆきえ』
『フルネームは?』
憮然として答える彼がいた。
こんな顔も可愛い。
突然、彼が話し出す。
『沖縄だけどさ!』
8月末に家族旅行を予定している沖縄の話し出した。
どんだけ行く気満々なんだろう。
すごい意欲だ。
意識もはっきりしているから、彼としては元通りの感覚なんだろう。
でも、申し訳ないけど、経緯を見守ってきた家族としては、二つ返事で話を聴くのは難しい。
息子も黙ってしまった。
それからも話をしたくて仕方ない彼の話をずっと聞いていた。
聞いていると必死なのが伝わってくる。
何をこんなに強ばらせて必死なんだろう。
わたしの胸がザワザワする。
このザワザワは何なんだ。
手元を見ると紙とペンを持ってる。
『字書けたんだ』
『うん、あれこれ調べてる。自分のいのちは自分で守る』
え。
命を助けてもらったのはあなたの方なんですけど と思うけど、言わずにずっと話を聴いていた。
話を聞き続けていると、彼は疑心暗鬼になっているのだとわかってきた。
この場所にいること、みんなから言われる言葉の意味がわかってない。
だから、先生に対しても、看護師さん達に対しても、疑いの目で見ているし、信頼もしていない。
彼は、あたりまえだけど、倒れる前の感覚でいる。
倒れて病院に担ぎ込まれたことはわかっているけど、自分の心臓のことはわかっていない。
そう感じたので、ひととおり話を聴いた後、先生に聞いたことを話した。
冠動脈のあちこちが細くなっていること。
突発的な発作ではなく、何年もかけてこうなったこと。
話を聞いたあと、彼が怖がっていること、不安なことがよくわかった。
まだ自分のことが受け容れきれていない。
そりゃそうだ。
彼の記憶には、普通に生活し、仕事をしていたことしか残ってない。
自分が、いつ命を落としても不思議ではない状態だなんてすぐに受け容れられるわけがない。
混乱してあたりまえだ。
突然、あなたは明日死んでもおかしくありませんと言われたようなものだ。
(本当に死にかけたけど)
そして、これから先のことを不安に思って当然だ。
命は助かったけれど、未来が見えない。
それを、こちらがわかってあげなきゃいけないんだ。
これから今後に向けて検査もあるし、手術もしなければならないかもしれない。
いっぺんにいろんなことが降ってきて、わけがわからなくなってて当然なんだ。
話に寄り添ってあげなきゃ。
彼がひとつずつ納得して、未来を向いていけるように支えるのが、わたしのお役目なんだな。
聴いてもらうということ
彼の話を聴いていると、不安もあって、たくさんのことを思い込んでいると思えた。
昨晩は救急があり、隣室で大きな声で患者さんの名前を呼ぶ声と、処置する大きな音が何回も聞こえて、怖くてほとんど眠れなかったらしい。
痰が苦しくてナースコールしても、誰も来てくれない。
みんな救急にかかりきりだから、俺はほったらかしなんだ。
だから、早く一般病棟に行きたい と言う。
話を聴いていて、?と思う。
ICUは1番手厚い看護を受けられる場所のはずだ。
少なくとも一般病棟よりは手厚いはず。
もちろん救急があれば、みんなかかりきりなるのは仕方ない。
処置のために大きな声や音が聞こえるのも仕方ない。
でも、ほったらかしにされることはないだろう。
他にも、
『ここは中国系だろう? みんなそんなマークがらついている。 ほら、あそこにも MADE IN CHINA って書かれてる。』とか、
『あの時計の中心部に中国の時間が表示されてるじゃないか』 とか、
わたしたちには見えないものを見ているようだった。
『夜、寝れなかったことは、看護師さんに話した?』
『いや、あの人たちは、本当のことを言わない。聞いたって教えてくれないんだ。』
『看護師さんに話せないなら、先生に言ってみたら?』
『先生は、昨日から来てくれてない。』
不満たっぷりに言う。
わたしの頭からは???が飛び交う。
なんでそんなことをやたらに言うのか、とっても不思議だった。
やがて、夜勤の担当の看護師さんが挨拶にみえた。
看護師さんに、わたしから昨夜眠れなかったそうです と、話したら、この機会を待ってたようにけんちゃんがさっき語っていたことを話し出した。
すると、その看護師さんがけんちゃんの疑問にすべて答えてくれた。
昨夜は救急の患者さんはなかったこと。
隣室の患者さんを大きな声で呼んでいたのは昨日の昼間のことで、うっかり寝てしまう患者さんを起こす声だったこと。
患者さんの処置のための大きな音とは、看護師さんが運ぶ器具の音ではないですか?
中国系の医薬品はないと思いますよ。どこにも中国製とは書いてないですよ。
時計の中心部にある窓は今日の日付ですね。
けんちゃんはひととおり聞いて、一緒に確認して、自分の勘違いだったと理解できたようだった。
人は見たいように世界を見ている。
けんちゃんの場合は特殊かもしれないけど、こういうことなんだな って思った。
その看護師さんが言うには、ICUって壁も白くて機械だらけで、みなさんそういう不安を言われるんですよ。
と話してくれて、外の景色が見えるようにベッドの向きを変えましょうか? と提案もしてくれた。
他にも彼の話を30分近く聴いてくれて、彼はすっかり彼女を信頼できたようだった。
さっきから、やたらにわたしに話していたような勢いもなくなった。
不安だったんだな。
その不安を受け止めて欲しかったんだなぁと思った。
わたしではなく、看護師というプロから安心が欲しかったんだな。 と思った。
話を聴いてもらえることの大切さを改めて考えた。
血圧上昇
遅い面会時間に、けんちゃんのの大学時代からの山友がお見舞いにきてくれた。
その方は、土曜日、まだ意識もなく、管まみれだった時にもお見舞いに来てくださっていて、意識が戻って話せるようになりました と連絡したら、すぐに飛んできてくれたのだ。
その方のお見舞いにけんちゃんもものすごく嬉しくなって、話す勢いが上がるし、彼にとっては楽しい時間だったようだ。
ところが、先程の看護師さんが見かねて病室に入ってきた。
血圧が高いという。
モニターを見たら、180を超えてるじゃないか!
あかん、あかん!
血圧高いのは、心臓に良くない。
帰りがけに、息子と反省会をする。
嬉しくて、楽しくて、つい話ちゃうけど、あそこまで血圧が上がるのは体によくないよね。
静かに話せるように配慮しよう。
家族も、けんちゃんと一緒に一歩一歩、新しい生活に慣れていかなきゃね。
via PressSync