心肺停止で倒れた夫のよみがえり日記 6日目
2018年7月30日(月)

ストレス

週があけて月曜日になった。

台風が過ぎ去り、夏空が帰ってきた。

セミの声が賑やかだ。

昨夜は眠りが浅かったところに、息子が立てた物音で目覚めたのが1時。

寝たのが0時だから1時間ほどしか経ってなかった。

そのまま気にせず寝ようと思ったが、次に目覚めたのが3時過ぎ。

息子が通話しながらゲームしている声で目覚めた。

さすがのわたしも切れた。

疲れているから、一番大切にしている睡眠を邪魔するのは止めて欲しいと何回も話した後だったからだ。

夜中に声を張り上げて、息子を叱った。

その反動で、身体がまったく起きない。

辛くて起きれないけど、二度寝もできない。

もう、泣きたかった。

今日は午後から整体の予約もあるので、12:30頃には出かけたい。

こんなに疲れた体で運転できんのかなぁ と憂鬱になる。

なんとか重い体を引きずって起きてきて、リビングを見るとまた萎える。

けんちゃんが山から帰ったまま、ザックや登山用具が転がってる。

台風のために家に取り込んだベランダのものがリビングの床にところ狭しと置かれている…

片付けなきゃ…

見てるだけでストレスが溜まる。

できるところから少しずつ片付けたいけど、気が乗らない。

はぁ〜。

久しぶりにパソコンデスクに座る。

ここもぐちゃぐちゃだぁ。

レシートの山…

ひとつずつ片付けていかなきゃ、溜まる一方だ。

パソコンもずっと起動してない。

支払いもしなきゃ。

あぁ、銀行も行かなきゃ。

ふぅ。

日常生活が完全に止まってる。

毎日、起きて、最低限のことだけやって、お腹空いたら食べて、病院の往復、帰ってきたら風呂も入らずに寝ちゃう。

病院通いに時間を取られてるのは事実だ。

片道1時間。
病院にいる時間を含めると往復4時間はかかってる。

これをイレギュラーではなく、生活の一部にしていかないと溜まる一方だ。

わたしが動かなきゃ片付かないし、進まない。

体調を管理する上でも、感覚だけで動いてるとかえってダメになるな。

「でも、今日はムリ」

こういう日もある。

だからこそ、少しずつ進めていかなきゃ。

やがて、出かける時間が迫り、起き上がって支度をはじめた。

話す、放す。

息子と二人で整体に向かう。

けんちゃんも通っているから、家族でお世話になっているところで、遠いけど、とても、腕のいい先生だ。
人柄も、豪快だけど、とてもいい。

先生に、夫が倒れたことを話した。

体を触っているから、なんか納得するところもあったようだ。

話すことは、放すこと。

夫が倒れたことを人に話すことで、意外に自分が元気になってゆくのがわかる。

もちろん、命が助かったから言えてる話だけど。

タブーなんてないと思う。

こんな話して他人に嫌がれたらどうしよう とか、聞いた方が重いよな とか、以前のわたしなら話すこともなかったはず。

でも、話さずに一人抱えてしまう方が重い と、今のわたしなら思う。

重くて重くて、抱えきれずに、やがて潰れていただろう。

言って、話して、放してしまった方が、気持ち的に軽くなる。

誰かに話して、共感して、わかってくれる人がいるから、自分の苦しさが軽くなるような気がする。

このわかってくれた感、聴いてもらえた感て、ほんとにありがたい。

自分が、カウンセラー/セラピストとして傾聴を学んだからこそ、なおのこと「聴いてもらえた!わかってもらえた」という実感がある。

自分の想いはどんどん吐き出しちゃえばいい と今は思う。

Facebookへの投稿もそう。
LINEで友達と対話するのもそう。

こういう時だからこそ、共感こそすれ、反論を言う人はいない。

もちろん、中には説教・説得してくる人もいる。
が、そんな人とは今は関わらなければいいだけ。
(ちなみに、わたしの友人に説教・説得してくる人は一人もいなかった。)

そういった意味ではSNSって便利かもしれない。

だって、共感しない人はコメントしてこないから。

一方的に言いっ放しだけど、今はそれでいいんだと思う。

やがて、立場が逆になった時に同じことをして、返せばいい。

他の人に恩送りすればいいだけだ。

世界って、こうやって回ってるんだな と思う。

再会

整体から、その足で病院に向かった。

病室に入ると、目をしっかりと開けたけんちゃんがいた。

見るなり大粒の涙をボタボタとこぼした。

言葉の前に共に抱きつく。

あぁ、よかった。

ほんとに、よかった。

『ありがとう。
心配させちゃったね….』

彼が耳元で囁く。

もう、そんなことどうでもいい!

こうやって、また話せるだけでいいんだよ。

もうそれだけで充分。

彼が起きているだろうと持ってきたメガネを渡した。

メガネをかけてあげると、
『よく見える。
みんながよく見える』
と、また涙をボタボタと落とした。

息子と義母も愛おしそうに眺める。

よかったね。

よかったね。

言葉はいらなかった。

彼の世界

ゆっくりと、彼との対話の時間を楽しんだ。

倒れる直前に歩いていた北アルプスの話を、先生がわかってくれた。
あの人も登山やる人だよ。
と、嬉しそうに話してくれた。

わたしには見えていないものが見えているようで、不思議なことも言った。

『あそこにいろんないっぱい傘があるんだ。
カラフルで、とってもきれいなんだよ。
ほら、あそこ』

彼が指さす方を見る。

『そこに先生の部屋があってね、本がいっぱいあるんだ。
先生は何の研究をしているんだろう。』

『あそこになんて書いてある?
マハ….マハラジャ?
いや、違うな。
インドの言葉だ』

わたし、インドの言葉なんて読めないよ って笑って言う。

『うーん。
わかんないなぁ…

あぁ、ナマステだ。
ナマステって書いてある!』

彼がしきりに指差して見ようとしている先は病室の入口だ。

白い扉があるだけ。

でも、彼にはそう見えていないようだ。

面白くて、しばらくニコニコしながら聴いている。

もう聴いてるだけで幸せなんだもん。

彼がまた話してる。
何かを熱く語ってる。

もうそれだけでいい。

彼が何を見ていようと、それが彼の世界だから。

ただただ聴いていられるだけでいいの。

何度も何度も同じ話を繰り返しながら、彼はずっと話続けていた。

心配

でも、心配がないわけじゃない。

彼には倒れた当日とその前の日の記憶がなかった。

倒れた日はどうしていたか話すと、
『俺、プレゼンしたんだ。
そんな会議があったんだ。
全く覚えていない』

『前の日は伊賀上野に行ってたの?
記憶にないなぁ』

会議なんて突然あるわけじゃないから、会議の予定があったかどうかも聞いてみたが、その会議がスケジューリングされてたことも覚えていないという。

記憶がないことは大したことではないと思う。

またそのうち思い出すかもしれない。

心配なのは、脳に障害が残ったかも ということだ。

いずれわかってくるだろうけれど、そのことは考えておかなきゃいけない。

ふと、2日目に看護師さんが言った言葉を思いだす。

『もう全然ダメかもしれないと思ってました』

彼が目覚めて、アイコンタクトをとった看護師さんの言葉だ。

命は繋がっても目覚めることさえないかもしれない。

そこから帰ってきた彼に、どんなことが起きていても不思議じゃない。

それでも共に生きると決めた。

どんな彼でも一緒にいると決めたから、覚悟はしておかなきゃいけない。

高次脳機能障害について調べた。

何が起きているかは時間が経たなきゃわからないだろう。

最悪、仕事に復帰するのは難しいかもしれない。

その時が来たら、彼にも、周りにも優しい方法を探ろう。

ただ、今起きていることは、薬で眠っていた影響なのか、脳の障害かはまだわからない。

こちらが話したこともすぐ忘れてしまっていた。

これからのことはまだわからないことだらけだ。

それでも、起きてきていない未来の不安に左右されるのはもう止めた。

今だけを見ていく。

今ここだけにいよう。

今回のことで、次の瞬間はないかもしれないと心底理解した。

体験が実感になった。

未来に何が起きても、その時ベストを尽くせばいい。

起きてくるかどうかわからないことを不安に思い、考えをめぐらせ、エネルギーを注ぐのは止めた。

そんなことしてる時間がもったいない。

未来予測はもちろん大切だけれど、そこに不安はいらない。

誕生日

昨日は彼の51回目の誕生日だった。

誕生日に意識が戻るなんて、映画のシナリオみたいって、彼の親友であり、大学時代からの山友の先輩が言ってた。

ホント、ドラマみたい。
笑っちゃうけど。

ここまで鮮やかに復活のストーリー描くかなぁ(笑)

笑っていられるだけ幸せってことだね。

記念すべき誕生日になったから、お祝い何がいい?って聞いてみた。

しばらく考えても浮かばないよう。

『ワインにする? わたし詳しくないけど』

『じゃあ…』と言って、記憶を辿る。

なんやら難しいカタカナいっぱい言ったぞ。

ウンチクとともに(笑)

わたしにはとても覚えきれないから、息子に記憶してもらった。

飲めるようになったら、みんなで飲もう。

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この記事を書いた人

みうら 雪絵

みうら 雪絵

心理カウンセラー/
ネイチャー・セラピスト/
地球旅人/Outdoor Activist/
日本自然保護協会 自然観察指導員/
日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダー/
Read For Action リーディング・ファシリテーター

自分を見つめ向き合っていく心理カウンセリング・セラピーを、自然の中で行っている。
いのちを輝かせて生きる”自分”の道を探るサポートする、魂のガイドも担う。

日本を、自然を、こよなく愛し、旅し続ける地球旅人(たびんちゅ)でもある。