心肺停止で倒れた夫のよみがえり日記 5日目
2018年7月29日(日)

台風一過

台風12号が通過していった。

大したことなかったな と思ったら、風が凄かったよ! と息子が教えてくれた。

それがわからないくらい熟睡していたようだ。

彼が倒れてからはじめて、連続して6時間程眠れたし、その後二度寝もできた。

昨日、病院でのいろんな話が、大きな安心感をもたらしてくれたようだ。

やっと「眠れた!」という実感のある朝だった。

Facebookでこんな書き込みもしたけれど、動ける気がして、洗濯機を回す。

洗濯したものの、干す元気がなくなって、息子の分は息子にお任せして、昼寝しちゃったけど。

昼寝から目覚めて、夕方近くに病院に向かった。

目覚め

病室に入ると、けんちゃんの目が開いている!!!

看護師さんを見ると、
『今朝、人工呼吸器を外しました。』
『まだ体内に薬が残っているので、そっとしておくと寝ていっちゃいますが、声をかければ起きますよ』
と、けんちゃんに声をかけてくれた。

『みうらさん、ご家族ですよ!
手動かせますか? 足は?』

看護師さんの大きな声での呼びかけに、ゆっくりとうつろな目を開け、足を動かし、手も握り返してくれた。

あぁ、よかった…

涙がハラハラとこぼれる。

4日間も薬で眠っていたので、あとは薬が抜けてゆくのを待つだけだという。

まだまだ開いた目は焦点があっていない。

目も悪いから、ぼんやりとしか見えていないだろう。

それでも、声に反応して目を開けてくれる。

反応があるって、こんなに嬉しいことなんだ。

今までとは違う、安堵の涙がこぼれる。

ありがとう。

生きててくれて、ありがとう。

今はそれだけでいい。

何度も何度も、心の中で繰り返し呟いた。

長い間、彼を見つめながら、手をさすりながら。

あまりに長いことわたしが動かないので、息子が泣いてることに気づいたようだ。

室内からティッシュを探してくれて、そっと差し出してくれた。

こんなに優しいことができるんだ。

けんちゃんにそっくり。

心優しい父子に囲まれて、わたしは幸せ者だな。

横に立って、そっと肩を抱いてくれて、『よかったね』って。

『りゅうぴーも心配だったでしょ?』

息子にもたれて、耳元で言うと、コクリと小さく頷いた。

初めて心配だった気持ちを表現してくれた。

二人で、一緒に涙した。

表面には出さずにずっと陽気だった。

でも、どれだけ不安だったのだろう。

一昨年、一緒に住む祖父が癌を患い、旅立つまでを静かに見守っていた息子にとって、ここでまた父親を失ってしまうかもしれない不安はとてつもないものだっただろう。

トラブルもあったけど、お父さん大好きな息子にとって父親を亡くす体験がどれほどのものか。
想像なんてしたくなかったし、高校生という若さで絶対体験して欲しくなかった。

その不安が流れていった瞬間だった。

しばらく、けんちゃんを見つめていると、打ち寄せる波のように、目覚めようとしてくるのがわかる。

うっすらと目を開けかけたけんちゃんに声をかける。

『けんちゃん、けんちゃん、わかる?』

ぼんやりとした目でわたしを見る。

『わかる? ゆきえだよ。 わかる?』

ゆっくりと瞬きをした後、うんうんと大きく頷いてくれた。

『わかるの? わかるのぉ…』

涙声になる。

わかってくれた!

わたしだと、わかってくれた

抱きつきたい気持ちを抑えるのが精一杯。

その場で泣き崩れそうになる。

あぁ、よかったー

涙が溢れて溢れて仕方ない。

けんちゃんは、また、すぅーっと眠りに引き込まれてしまった。

でも、もう、これでいい。

5日前のことを思えば、天と地ほどの違いだ。

生きていてくれることが、こんなにも嬉しいと思ったことはなかった。

生きて、わたしとわかってくれている。

もう、それ以上に求めるものはない。

けんちゃんのいのちが戻ったと実感できた時、わたしのことがわからなくなっていても、この先もずっと一緒にいようと決めていた。

わたしのことだけをわからなくなっていても、ずっと傍にいる。

そして、もう一度、恋すればいいだけ。

わたしにとっては、この人しかいないから。

どんなあなたでも、生きていてくれるならそれでいい。

そこに、好きとか、嫌いとか、あそこがイヤだとか、気に入らないとか、そんなことどうでもいい。

生きていてくれるなら嫌われてたっていい。

好きでいてくれなくてもいい。

ただ、生きていて、傍にいられれば、それだけで幸せ。

ずっとそう思ってきたけれど、けんちゃんを失うかもしれない恐怖を体験して、改めて思った。

生きていてくれることに、わたしだとわかってくれることに、こんなにも歓びを感じることがあるなんて。

この先、どんなことでも乗り越えられると思った。

どんなけんちゃんでも、まるごと愛す。

無条件の愛って、こういうことを言うんだね。

息子には感じていたけど、正直言って、けんちゃんに対しては忘れていたと思う。

彼が心底求めて欲しかったものは、きっとこれなんだと思う。

ささやかな幸せ

時折、眠りが浅くなってくるタイミングで、何回か声をかけてみた。

『けんちゃん、りゅうぴーもいるよ』

『ヤジー、ヤジー』

息子はけんちゃんのことを「ヤジ」と言う。

由来は「オヤジ」だけど、親に「お」を付けるのはおかしいよねって、敬語を習いたての息子が付けた愛称だ。

以来、けんちゃん!と呼んでも振り向かないのに、ヤジ!と呼べば振り向くようになった。

息子は、『ヤジ、ヤジ』呼びかけながら、頬を優しく撫でていて、慈愛の眼差しで父親を見ている。

こういうことができる子に育ったんだ、と微笑ましくなった。

ふと、思いついて、息子に言った。

『ヤジ、くさっ!って言ってみて。』

ヤジ、くさい! って、文字で見ると酷いこと言ってるようにみえるけど、我が家では挨拶がわりの言葉なのだ。

思春期になった息子の、父への愛情表現のひとつだと思ってる。

息子が言う。

『ヤジ!くさっ!』

けんちゃんが、笑おうと、大きく顔を動かした!

にっこりと笑顔を見せてくれようとしている。

『笑ってるー!!』

こんなことでも大騒ぎだ。

まるで、小さかった頃の息子を、けんちゃんと二人で覗き込んでるみたい。

こんなささやかなことに幸せを感じるなんてこと、しばらくなかったなぁ。

どれだけ日常がせわしかったのか。

胸が痛い。

帰り道、台風一過の空に、十六夜の月と大接近中の火星が浮かんでいた。

空を見るゆとりもなかったなぁ。

今日は月が美しい。

『もどっておいで私の元気』

選 息子

『自立』より
自立とは、ひとりでも生きてゆく力を身につけながら、人はひとりで生きていけないことを心とからだの芯から感じとること。

選 わたし

『場面』より
欠点、弱点、不得手って、役に立つ場面があるからこそ存在している。
(中略)
欠点、弱点、不得手は、変えようとしたり、無くそうとしたり、克服しようと頑張ると、逆にマイナスのまま育ってしまう。

朗読しだして4日目になると、息子がそそくさと本を持ってきて、嬉しそうにページを選んでいる。

そんな息子の声と言葉が、きっとけんちゃんのいのちの薬になっているはず。

カウンセリングメニューのご案内

今の自分に異和感を感じる。
何かが違う。
このままではいけない気がする。

自分の中から湧き上がってくる「異和感(異なる感覚)」は、「いのち」からのサインです。
そのサインは何を知らせてくれているのでしょう。

自分を見つめ、向き合い、ターニングポイントから一歩を踏み出すサポートをしています。

ネイチャーセラピー

五感を使って自然と一体となるだけで、人は日ごろのストレスから解放されます。

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この記事を書いた人

みうら 雪絵

みうら 雪絵

心理カウンセラー/
ネイチャー・セラピスト/
地球旅人/Outdoor Activist/
日本自然保護協会 自然観察指導員/
日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダー/
Read For Action リーディング・ファシリテーター

自分を見つめ向き合っていく心理カウンセリング・セラピーを、自然の中で行っている。
いのちを輝かせて生きる”自分”の道を探るサポートする、魂のガイドも担う。

日本を、自然を、こよなく愛し、旅し続ける地球旅人(たびんちゅ)でもある。