朝起きれない、学校を休みがちな息子に捧ぐ。 どんなあなたでもいいよ。それがあなただもん。

このところ1週間程、息子ちんが学校に行っていない。

体調が悪いのもあるけど、胃腸風邪っぽいだけで発熱があるわけでもない。

ただ2学期に入って欠席することが増えているせいか、周りの大人達の反応が過剰のような気がする。

ストレス?

精神的なものなんじゃ?

次から次へといろんな質問が飛んでくる。

今のご時世、そういったことが気になるのも仕方ない。

でもね、自分が10代だった頃を考えると息子ちんの気持ちもわかるのよ。

朝起きれない。

だるい。

気持ちが上がってこない。

誰だってあるでしょ?

こんな気分の朝。

わたしもある。

ましてや寒い季節になるとフトンから出るのが億劫になる。

どんなに気合いを入れても起きれない時は起きれないのよ。

学校に行きたい気持ちはあってもエンジンかからない時もあるのよ。

それが頻繁に起きてるのかなぁと思う。

高校2年という微妙な時期、将来に向けて自分を考える時期だけに、そういうことが頻繁に起きてるのかもしれない。

でも、それだけ、だと思う。

そこに周りの大人達があーでもない、こーでもないって言うと、かえってややこしくなる気がするんだよね。

もうね、自分で選択することも、決めて行動することもできるんだよ。

周りから言われてることが聞こえてないわけないじゃん。

よくわかってるから、反応できないこともあると思う。

無視してるようにみえるけど、どうしていいかわからないだけなんじゃないかな。

親としてわたしができることは、「そんな息子ちんもいるんだね。」と、息子ちんのそのまんまの姿を責めないこと。

朝起きれないないのは○○だからだ。

学校に行かなきゃダメだ。

このままだと学校に行けなくなる。

そんなんじゃダメじゃん。

以前だったら、こんな言葉を嵐のように浴びせていただろう。

でも、今は不思議とそんな言葉が湧いてこない。

言ってはいけない とアタマで理解して止めてるわけじゃなくて、そんな言葉や考えが自分の中にない。
そんな感覚なのだ。

だから、心の底から、

起きれないのかぁ。

辛いのかぁ。

うん、そんな君もいるんだね。

そんな姿も息子ちんの一部だね。

って、すーっと受け止めることができる。

起きれるようになったら自分のペースで起きておいで。

学校に行けるようになったら、行けばいいよ。
遅れてもいいからね。

行きたくなければ休めばいい。

子供にとって、家こそ大切な場所じゃない。

家ぐらい安心していられる場所、居心地のいい場所にしてあげたい。

家にいられないような状況だけは作りたくない。

息子ちんがどんな姿を見せてくれても、ここがあなたのホーム。
居場所だよ。

だから、わたしはそれを全力で守る。

どんな姿でもここのいていいの。

どんな姿を見せても、それでいいよ。

それもあなたの一部なんだもん。

息子ちんにあれやこれやと言っていた頃の自分に言ってあげたい。

その言葉は全部わたしの心の声。

そうなっちゃう。と思っているわたしの声。

その言葉たちは、不安や怖れに震えるわたしの中から聞こえる声。

でも、それは事実なのかな?

わたしはそうだったかもしれない。

でも、同じことが息子ちんに起きてくるのだろうか?

わたしの体験や想像からくる不安や怖れは、そのまま息子ちんに当てはまるのかな?

その声は、自分の中にある不安や怖れと向き合えば聞こえなくなるんだよ。

その声を作り出してるのは自分自身なんだよ。

9:30過ぎにお腹減ったーと起きてきた息子ちんは、笑顔でいろんな話をして、バカ言って爆笑しながら、学校に出かけて行った。

着いたら3時間目かなぁ〜と言って。

ほらね。

息子ちんは自分のペースでできてるじゃん。

自分で起きて、学校行ったよ。

それがちょっとズレてるだけじゃん。

昨日より早く起きてきたじゃん。

できないことを責めるより、できたことを認めるね。

どんなあなたでも心配してないよ。

もう前の母じゃないからね。

今はあなたを全面的に信じてる。

ただ、それだけ。

via PressSync

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