「会社員」を辞めて10年が経ちました。

24年勤めた会社を退職したのは2013年の12月末でした。

私が入社したのは、空前の売り手市場と言われていたバブル経済の絶頂期で、いわゆるバブル世代。

雇用機会均等法施行直後だったため社内制度も充実していて、結婚と転居のために一度は退職したけれど、アルバイトとして手伝う期間を経て、その後社員復帰制度を利用して正社員に復帰。
思えば、社内でこの制度を利用した1人目だった気がします。

その後、産休だけでなく育児休職制度も利用して、通算して24年勤めたなぁ。

その間に社内も激しく変化していて、社名も3回変わった(3回目は分社化)し、私自身はほぼ同じ部署にいたのだけれど、所属する部門が変わったりして、今から思えばよく辞めずに続けてたなぁと思える。

というか、2013年に退職しようと思うまで、辞めたいと思ったことがなかった。

会社も業務も、社内の人間関係も好きだったのよね。

いっときは部署内がとても仲が良くて、毎年のように海外に社員旅行に行っていたし、子どもが小さい時は、子どもを連れて後輩たちと一緒に海に行ったり、日帰りグルメドライブしたりして、一緒に遊んでいた時期もあった。
その時の元上司や同僚たちとは、今でも飲みに行ったりする。
その頃は部署の業績も良くて、部門内で全国トップクラスだったはず。
(規模も大きかったけど、収益率も良かったはず)
社内の中でもパイオニア的要素のある部署で、いつも活気があったなぁ。

そんな会社だったんだけど、社内の体制が大きく変化してから、次第に働く意欲が湧かなくなっていき、併せてそれまで2人で分担していた仕事を1人で担当するようになってから業務量過多でどんどん疲弊していった。

退職した年・2013年の春にはストレスから片耳だけ聞こえなくなったり、下痢が1年以上続いたりしていて、「このまま続けていたら死ぬなぁ」と感じはじめた。

これより前に、業務中に救急車のお世話になったことがあって、医師にはストレスが原因と言われたけど、その頃は全く無自覚だった。
積もり積もって、ようやくこの頃自覚できるようになっていたんだろうな。

「このまま続けていたら死ぬなぁ」とは感じはじめていたけど、かといって退職の理由は何もなく、日々業務に埋もれていくだけ。

毎日、1時間早く出社し、夜は夜間業務ギリギリの22時まで。
特に月末日と月初は締作業があって休日関係ナシ。
というか、曜日に関係なく作業しないと報告日に間に合わない。
役職だったので、一般社員と違って届出とか面倒な手続きがなかったのはありがたかったけど、今から思えば、役職者だから休日に会社に行って、業務やってるっておかしな話よね。

ただ、誤解のないように書いておくと、労務に関しては社内規定はかなり厳しかった。
会社の規模も知名度もそこそこある会社だったので、ルールから逸脱するような行為はうるさく指摘された。

今から思えば、悲壮感漂わせて、犠牲者面していたかっただけなのかもしれない。

業務量が増える時に「無理です」って言ったのに、それを受け止めてもらえず、わかってもらえず、「とりあえずやってみて」と引き受けざるを得なかったことに対して、反抗心というか、拗ねというか、今振り返るとめっちゃ「子ども」な行動だったと思う。

今は心理を学んだからわかるけど、上司にめちゃめちゃ父親転移していたとも思う。
今でもその上司のことは好きなんだけど、好きだからこそ転移しちゃうんだよね。

行動で、「わかって〜」ってやってたわけ。
口には出さずにね。

でもって、月末月初の休日に会社で黙々と作業してると、その上司に声をかけてもらえたりして、実は嬉しかったのも思い出す。

今だから笑える🤣
やってる時の心理が「子ども」。

さらに、会社(上司)にわかってもらえないことの反発は、その上司と私の間に立っていた別の上司にするという悪態ぶり😅
当時はその人のことは嫌いだったけど、今は気の毒に思える。
ごめんね。
私の方が年上だったので、厄介なおばさんだったと思う。

とはいえ。
家には寝に帰るだけの仕事ぶりは2年余変わらず。
とてもじゃないけど、小学生の子どもがいる母の働き方ではなかったと思う。
いつもイライラしていたし、たまの休日は家事に終始し、常にストレスいっぱい状態。
超超超不健全だった。

日々の作業量に忙殺され、どんどん思考停止=何かを考えられる状況で無くなっていった。

以前は、いろんな話ができる同僚たちに恵まれていたけど、みんな次々と異動になり、相談できたり、愚痴や不満を話せる人は最後はいなかった。

体にも不調は出るし、家のことは何もできない。
このままいつまでこんな働き方するんだ、わたし。

定年まで働くことは考えたこともなかったけど、このままの働き方を続けていたら定年前に死ぬだろう。

退職する理由があるわけでもないから辞めることは考えていない…というか、先のことを考える余裕もなかった。

暗い洞窟の中で、ひとり黙々と仕事している感覚だった。

この時はすでに「人間的感覚」も「感情」も失っていたのかもしれない。
感覚的にはマシンやロボットのようだったから。

朝起きて電車に乗って出勤して、勤務時間中はパソコンに書き出したタスクを消化し続け、夜になったら帰る。

以前は同僚たちと毎日のように終業後にカフェに雑談しにいったりしていたけれど、それもなく、帰る頃にはウインドウショッピングするようなお店も閉まっていたし。
家に着いたらお風呂に入って寝るだけ。
子どもはもう寝た後。
そして翌朝、またこの繰り返し。

なんの楽しさも、歓びもなかった。

そして”しんどさ”だけがあった。

今振り返っても、あのまま会社員を続けていたら、早かれ遅かれ病んでいただろう。
あの時点で限界がきていたんだと思う。

それを無意識領域では感じていたんだとも思う。

そんな時、異動辞令が出た。

「10月1日付で異動」

その内容を聞いた瞬間思った。

そして聞き終わったその場で伝えた。

「辞めます」

(つづく…)

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みうら 雪絵

Nature Therapist / Healing Practitioner / Outdoor Activist / World Traveler / Nature Photographer

人間は地球に生きる多様な生物の一種であり、自然界(生態系)における”いのちの循環”の一部です。自然界との繋がりから離れて生きてゆくことはできない存在です。
自然界と繋がって生きることは、生きる力・生命の力の根源と繋がることだと思っています。

自然界(生態系)の一員としてこの地球に生きている意味を考え、自然の理を感じながら生きるとはどういうことなのか。
今までに学んだ様々なヒーリング・セラピー・カウンセリングスキルを駆使しながら、体(ボディ)・心(マインド)・魂(ソウル)・霊(スピリット)の関係性を探求しています。

このブログには、わたしのライフスタイルを通して、わたし自身が”自然に生きて”いけるようになってゆくプロセスを綴っています。
体験したことを感じたままを表現している「人生という名の創造物」の記録でもあります。

白馬三山を映す八方池

ネイチャーセラピー

五感を使って自然と一体となるだけで、人は日ごろのストレスから解放されます。

Outdoor Activist歴30年以上の経験で培ったフィールド知識を活かして、安心して楽しく自然と触れ合うサポートをしています。

日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダーとして、ネイチャーゲームを取り入れた自然体験もご提供可能です。