「手放す」ということは、言い換えれば、委ねること、明け渡すこと なのかな と感じてる今日この頃。

神でも、大いなる意思でも、なんでもいいんだけど、自分の力が及ばないモノに、自分を委ねる、自分を明け渡す。

心屋仁之助さんは他力と表現してるね。
自力で頑張るのをやめて、他力に頼るって。

これってすごく勇気のいることだと思うんだ。

だって、自分を誰かに渡してしまう気がするから。
自分じゃない誰かになっちゃうような気がするから。
自分でなくなっちゃうような気がするから。

私もなかなかできないなぁともがいている最中。

でも、そもそも「自分」って何なんだろうね。

わたしが「自分」だと思っているのは本当に「わたし」なんだろうか。

なんだか禅問答みたいだけど(笑)

たとえば、わたしが「自分」だと思っているのは「わたし」じゃないとしたら。
じゃあ「自分」て何さ?

「自分」はわたしが創り出したもの??

そもそもないのか???

そもそも「自分」なんて勝手に創り出したモノだとしたら、そんなもんなくなったって怖くない。
誰かに渡しちゃったって大丈夫。
そもそも自分じゃないから誰になってもわたしには関係ない。

自分を手放しても、何かに委ねても、自分を明け渡しても、「わたし」がこの世からいなくなるわけじゃない。

ちゃんと今ここにいて、生きてることに変わりはない。
心臓は動いてる。
足は大地に着いている。
うん。幽霊じゃない(笑)

そう考えると、わたしが「自分」と思っているのは「そういったモノ」でしかないような気がする。
「自分」は、思考(アタマ)が創り出した仮の姿。
「自分」というものに「わたし」をはめ込む枠。
「わたし」が知っている「自分」という箱。

自分を、
手放す。
委ねる。
明け渡す。

それは「未知の自分」と出会う方法、自分の可能性を広げる方法だね。

だったら手放しても、委ねても、明け渡しても怖くないね。

ビビりながらも、自分を手放していこう。
自分の力が及ばないものに、委ねていこう。
自分ではないものに、明け渡していこう。

そして、自分の可能性を無限に広げていこう。

この記事を書いた人

みうら 雪絵

みうら 雪絵

自然と人をつなぐ Nature Therapist /
山と森をこよなく愛す Outdoor Activist /
自然や風景に惹かれるままどこにでも足を運ぶ旅人(たびんちゅ)

自然界と繋がっていることは生きる力の源。わたしたち人間は地球に生きる多くの生命のひとつであり、自然界との繋がりから離れて生きてゆくことはできません。自然界の一部としてこの地球に生きている意味を考え、感じたままを言葉にして綴っています。
このブログは自分という樹の成長の歩みでもあります。

生かされていることに感謝しながら、愛する家族とともに、自由に生き、安らぎに満ちた日々を過ごせることが何よりの幸せ♡

白馬三山を映す八方池

ネイチャーセラピー

五感を使って自然と一体となるだけで、人は日ごろのストレスから解放されます。

Outdoor Activist歴30年以上の経験で培ったフィールド知識を活かして、安心して楽しく自然と触れ合うサポートをしています。

日本シェアリングネイチャー協会 公認ネイチャーゲームリーダーとして、ネイチャーゲームを取り入れた自然体験もご提供可能です。