できてない自分を無意識に責める ありのまんまの自分を受け容れるって簡単なことじゃないよね

繰り返し繰り返し、気づくとやってることがあります。

それは、「他人をコントロールしようとする」「自分の価値観で他人をジャッジする」ことです。

先日家族と話していて、はっ!としました。

またまたやってしまった、コントロールとジャッジ。

そして、数日経ってからさらに気づきます。

コントロールしようとする自分、ジャッジしてる自分に気づいて、そこでやってました自分責め。

気づくまではいいんですけどね、そこでさらに、無意識に自分を責めてることに気づいちゃいました。

コントロールしようしてはいけない。
ジャッジしてはいけない。
そうしようとする自分はダメな奴だ。

コントロールしようとする自分、ジャッジしている自分に気づいたら、そこでそのまんま受け容れればいいのに。

コントロールしようとしていたんだな。
ジャッジしちゃったな。

って。

もっと言えば、コントロールしようとしてた自分を責めてるな。
ジャッジしちゃった自分を責めてるな。

って、客観的に見ればいいのに、すっかり取り込まれております。

見るべきは「コントロールする」「ジャッジする」という行為ではなく、その行為を自動反応的にしちゃう状況だったり、その時感じた感情そのものなんだよね。

何がどうなったから、コントロールしようとしたのか。
何があったから、ジャッジしちゃったのか。
その時何を感じていたのか。

ついついやっちゃう行為なんで、気がつくのも後から。

しかも気づいたらそこを掘り下げればいいのに、自分責めをしておりました。

いかんがね(笑)

自分を責めるってことは、前提として素の自分を否定してます。

コントロールしない方がいい。
ジャッジしない方がいい。
でもできてない自分、ダメじゃん!

とどのつまり、コントロールしたって、ジャッジしたっていいんです。
その元となってる反応がわかっているならば。

わかってないから繰り返し反応しちゃうんですけど。(笑)

あっ!と気づいた時こそ、掘り下げるチャンスなのに。
機会損失してますな。

今度こんな場面に出くわしたら、
『あーやってますねぇ。
いま自分の中で何が起きてますか?』
そう、自分に聞いてみようと思います。

ところで。

いま細切れ時間を使って読んでいる本がおもしろいのでご紹介♪

脚本家・旺季志ずかさんの最新作、『虹の翼のミライ』。

『臆病な僕でも勇者になれた七つの教え』も面白かったけど、『虹の翼のミライ』もすごく引き込まれる。
就寝前のリラックスタイムに読んでるんだけど、読んでいくうちにドンドンのめりこんじゃって、ドンドン目が冴えていって、ガシガシ読めちゃう。
これじゃ眠れないよ!って毎晩思いながら、それでも読んじゃう。
明日から読む本変えようかな(笑)

心理セラピー
カウンセリング

アウトドア・セッションをメインスタイルに、自分を見つめ、ターニングポイントから一歩を踏み出すサポートをしています。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です