2週間程前の話になりますが、忘れないうちに先日のLIVEについて書いておこうと思います。
なんで沖縄まで行ってしまったのかは後述するとして、かなりの「思いつき」と「勢い」で、長年の”小田”友を誘惑して行ってきました。
6月の名古屋公演が、実は2人とも不完全燃焼だったため、期待大!
沖縄入りしたのは前日。蒸し暑くて、まだまだ梅雨寒い本土とは大違い!
夏だ。。。
この1週間、天気は不安定だったようで小田さん自身も一番気にしていたよう。
しかし、予報を裏切り、心配していた雨もなく、当日は青い海と青い空が広がり
朝からそわそわ{%わくわく(チカチカ)hdeco%}
逸る気持ちを抑えるように、ライブまでの時間はやんばるへドライブ{%車webry%}
BGMは、{%音符②(キラキラ)hdeco%}ジェイクにコータローにオフコース、小田さん{%音符②(キラキラ)hdeco%}
一足早い夏を満喫しつつ、いよいよ宜野湾へ。
ライブ会場に近いだろう(って隣だし)というだけで選んだホテル
”ラグナガーデンホテル”にチェックイン。
(実は小田さんも泊まってるかもという期待も。)
ロビーには今回のツアータオルを持った人がちらほら。
やっぱり同じこと考える人がいるのね。。。とニンマリ
部屋に案内されて、第一声
「あ!ツアートラック止まってるよぉ」
「どこどこ?!」
案内してくれたベルのお姉さん
「今日ライブ行かれるんですか?」と半ば呆れ顔
すみませんねぇ。いい年したおばさん2人で。。。
画像の中央、白い三角屋根の建物が本日のライブ会場。
その左にツアートラックがづらづらづら・・・っと
部屋からライブ会場が見えるなんて。。。
なんという贅沢。
来てよかった{%うーん…(シクシク)hdeco%} 沖縄
お腹をちょっとばっかり満たして、いざ{%びっくり1webry%}
ライブ会場は西に向かって舞台が開けていて、あ、暑い{%汗(チカチカ)hdeco%}
開演までの時間はまるで焼かれている気分。。。
ツアータオル持ってきてよかったよ。(違うところで大活躍)
頭からすっぽりかぶってひたすら待ちます。
ひとつビックリしたのが、さすが野外。
みなさん片手にビール{%ビールwebry%}なのでした。
飲みたい。
飲みたいけど、飲んだらこの後ヒートして、そしてさらに。。。
考えただけで汗だくになってきたのでガマン。ガマン。
会場はこじんまりとしていて、このところ小田さんというと収容 万クラスのアリーナばかりだったので
このコンパクトさがいい{%グーwebry%} (岐阜市民会館が懐かしい。。。)
この広さならスクリーンなし、裸眼でも十分小田さんを見ることができそうです。
検索したらこんなサイトがありました。ご参考までに。
http://park1.aeonnet.ne.jp/~tamu/kaijo/ginowan/
舞台からすぐに客席が階段状になっているこの会場では、中央部に会場のド真ん中まで
結構急な階段上の花道が作ってあり、客席の中心にミニステージが据えられていました。
既知のとおり、ライブの半分はここで歌っていました{%音符webry%}
私の席は向かって左寄りだったので、このミニステージはほぼ右真横でした。
舞台から左に目をやると隣接する芝生広場でリラックスする人達が。。。
(画像でいうと中央)
これも野外のいいところ。
チケットの取れなかった方々がのんびりしていらっしゃいました。
小田さんこそ見れないけど、音はバッチリだもんね。
今日、ラグナに泊まった方もLuckyですよね。
偶然、小田和正がライブやってた。。。なんて羨ましい。
(しっかり狙ってきていて言うな って?! スミマセン)
そしていよいよ!
オンステージシートに抽選された方々が入場し、
10分ほど遅れて小田さん登場{%びっくり2webry%}
ちょっと長くなりそうなので分割します。
この記事を書いた人
みうら 雪絵
Nature Therapist / Healing Practitioner / Outdoor Activist / World Traveler / Nature Photographer
人間は地球に生きる多様な生物の一種であり、自然界(生態系)における”いのちの循環”の一部です。自然界との繋がりから離れて生きてゆくことはできない存在です。
自然界と繋がって生きることは、生きる力・生命の力の根源と繋がることだと思っています。
自然界(生態系)の一員としてこの地球に生きている意味を考え、自然の理を感じながら生きるとはどういうことなのか。
今までに学んだ様々なヒーリング・セラピー・カウンセリングスキルを駆使しながら、体(ボディ)・心(マインド)・魂(ソウル)・霊(スピリット)の関係性を探求しています。
このブログには、わたしのライフスタイルを通して、わたし自身が”自然に生きて”いけるようになってゆくプロセスを綴っています。
体験したことを感じたままを表現している「人生という名の創造物」の記録でもあります。