今日の1枚。
選んだのはこの写真。
今では貴重になってしまったオオミスミソウの花々です。
佐渡島から帰って、撮ってきた写真を見ながらつくづく思います。
とっていいのは写真だけ。とね。
佐渡島の山中を歩き、たくさんの自生する花々を愛でてきました。
あれだけ見事な花々の群落は、本州ではそう見られるものではないです。
でも、本州でもかつては見られたであろうお花畑なんですよね。
なくなってしまったのは「人」によるものが大きいのでしょう。
最近は盗掘の話をよく耳にします。
山野草を園芸用に取っていく人、個人の鑑賞用に取っていく人、食用に取っていく人など、目的はさまざまのようです。
事情はなんにせよ、そこにあるから育つのであって、育つスピードより抜かれる量が多ければ減ってしまうんですよね。
特定の花だけじゃなくても、どんな花でも、自然のひとつであり、生態系のひとつです。
そのたったひとつの花が原因で、生態系が崩れてしまうこともあるんです。
花は、その花を好む昆虫を育て、昆虫は動物の餌になり、動物の死骸は微生物に分解され、土に還る。
そしてその土の上に花が咲く。
循環するいのちをいただいていいのは、生きていくために、自分の分だけでいいんじゃないか。
鑑賞のため、他人のため、お金のため…
山野草だけでなく、山の幸、海の幸も同じだと思うんです。
「昔」はよくても、「今」は自然に対してインパクトがあり過ぎることもあります。
「島」という環境があるからこそ今も見られる花々を愛でながら、深く考えさせられました。
生きるために必要でなければ、取るのは写真だけにしておきましょう。
どんないのちもいつまでも輝いていて欲しい。