岡部明美さんのワークショップに参加して、ずーっと考えてきた「生きていることの意味」を改めて考える機会となりました。
生まれてきた意味をずっと考え続けてきた人生だった
こんなこと書くと大袈裟な!なんて思われるかもしれませんが、私はこれを考えないと生きてこれなかったんだ とあけみちゃんのワークショップで気づかされました。
生まれてきた意味を考えなきゃいけないような人生、今思えば重いものを背負っていたんだなぁ と思います。
どうもですね、「生きていちゃいけないの? 生まれてきて良かったの?」ビリーフを持っていたようなんです、わたし。気がついたのは たちさん彩さんの7期TLI受講中の朝、ふっと降りてきたんです。これはもしかしてビリーフか? って。
ビリーフっていうのは「思い込み」のこと。今から思えば「アホか!」と自分突っ込みができますが、あけみちゃんワークショップに参加するまで、本人は至って真剣でございましたよ。
死ぬってどういうこと?
こういうことを考えるなんて、私ってヘンなの って思ってましたが、どうもそうではないことに最近気づいてホッとしました。
なんでこういうことを考え出したかは未だにわからないんですが、小学6年の時でした。
その時は確か「人が死んだらこの考え、想いはどうなるの? 私の気持ちはどこに行っちゃうの?」って考えはじめたら眠れなくなりました。いくつもいくつも眠れない夜を過ごし、ぐるぐる同じことを考えていました。
ある夜、思いきって両親に聞いてみたものの失笑されます。そりゃそうだ。私も我が子に突然そんなこと聞かれたら答えに困ります。「お母さんもわからん。」そんなこと言われた気がします。父はテレビを見ていて完全スルー(笑) 今なら両親の困惑ぶりがよくわかります。
身近な大人である両親にわからないんなら自分で何とかしようと思い、たくさんの本を読みました。本が好きで図書委員だったのでいろんなジャンルを読みました。哲学書も読みましたよ。わけわかんなかったけど(笑)
いくつかの本の中から仏教の本に辿りつき、ブッダについては穴があくほど読んだ気がします。仏教の世界観にハマりましたね。
「輪廻転生」この考え方と出会えて心が軽くなりました。
仏像も大好きになりました。小学生でも伝わってくるものがある と、ちゃんと受け取っていたんですよね。
そうやって仏教の世界観に出会い、生きてゆくためにひとつの想いにたどりつきます。
「せめて死ぬ時に後悔だけはしたくない。」
死んだらどうなんかなんてわからない。だって死んだ人は今この世にいないから。
生命あるものはすべて生まれたその時から死に向かっている。絶対避けて通れない。じゃあなんで生まれてくるのよ となるわけです。今この世に生を受けるには意味がある。ならばどう生きるかに注力しよう。小学生のアタマで辿りついたのがここでした。
なんて子供~!(笑)
あけみちゃんのワークショップで、これがビリーフで、解放もできた と感じているのでサラサラと書いてますが、このことを人に伝えたのは初めてです。友達も、親友にも、そして家族にも話したことはありませんでしたね。だっておかしいでしょ。こんなこと考えて小学生から生きてきたなんて言ったら。
今は堂々と話せる自分が愛おしいですけどね。そうかそうか、そんなこと考えて生きてきたのか、ってギュッと抱きしめてあげたいです。
こんな素直さが取り戻せたのも、あけみちゃんワークショップに参加したから。あの場にいたすべての人のおかげです。
ワークショップに参加するうちに、なんでこんなこと考えていたかも紐解けてゆきました。それについてはまた別記事で。